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SIer vs 内製:本が教えてくれないコスト

2026年3月11日

「SIerに頼むべきか、内製すべきか」

この問いに対して、最近2冊の良書が出ている。及川卓也氏の『ソフトウェアファースト 第2版』(日経BP)は「なぜソフトウェアを手の内化すべきか」を戦略として語り、福井達也氏の『エンジニアリング組織開発』(技術評論社)は「どうサステナブルな開発組織を作るか」を実践として示している。

どちらも優れた本であり、どちらも読む価値がある。ただし、どちらもある問いには答えていない。

「で、いくら違うのか?」

戦略と組織論は「Why」と「How」を教えてくれる。しかし「How much — いくらで、どれくらいのリスクで」は、計算しないとわからない。この記事では、SIer委託と内製化のTotal Cost of Ownership(総保有コスト)を、実際の単価構造とフィールドデータから比較する。

単価の現実

SIerのエンジニア単価は、スキルレベルによっておおむね150〜200万円/人月の範囲にある。これは一般情報からの推計であり、業界に即した金額である。

ここでは1年間のシステム開発プロジェクトを想定し、5名構成のチームで比較する。クライアント側にプロジェクトマネージャーがいる前提とする。

SIerチーム(月額単価):

役割月額単価人数小計
PMO180万円1名180万円/月
シニアエンジニア180万円2名360万円/月
ミドルエンジニア160万円1名160万円/月
ジュニアエンジニア150万円1名150万円/月
合計5名850万円/月

年間コスト: 1億200万円

内製チームのコスト

同じスキル構成を内製チームで揃えた場合、loaded cost(給与・社会保険・福利厚生・オフィス・開発ツールをすべて含んだ総額)で比較する。

内製チーム(月額loaded cost):

役割月額loaded cost人数小計
テックリード100万円1名100万円/月
シニアエンジニア90万円2名180万円/月
ミドルエンジニア70万円1名70万円/月
ジュニアエンジニア50万円1名50万円/月
合計5名400万円/月

年間人件費: 4,800万円 初期コスト(採用・環境構築・間接費用): 500万円 年間総コスト: 5,300万円

TCO比較 — 数字が語ること

SIer内製
月額コスト850万円400万円
年間コスト1億200万円5,300万円
差額+4,900万円(SIerが高い)

内製の初期投資500万円は、月額450万円の差額があるため約1.1ヶ月で回収できる。2ヶ月目以降は毎月450万円ずつSIerより安くなる計算になる。

ここまでは、計算すれば誰でもたどり着く。本題はここからだ。

本が教えてくれないコスト — スケジュール超過

複数のSIプロジェクトを横断的に観察したフィールドデータがある(匿名化済み)。

指標観測値
スケジュール超過率70〜90%
WPレベルの見積誤差1週間〜4週間(最悪6ヶ月)
意思決定サイクルWPレベルで1週間〜3ヶ月
手動レポート率90〜100%
PMあたりの週間会議時間6〜10時間
プロジェクトあたりのツール数5〜10個

スケジュール超過率70〜90%は、SIプロジェクトでは例外ではなく常態である。そしてSIerモデルでは、延びた月数 × 月額単価がそのままコストに上乗せされる

シナリオ期間SIer内製差額
予定通り12ヶ月1億200万円5,300万円4,900万円
30%超過(楽観)15.6ヶ月1億3,260万円6,740万円6,520万円
50%超過18ヶ月1億5,300万円7,700万円7,600万円
90%超過(悲観)22.8ヶ月1億9,380万円9,620万円9,760万円

50%超過の場合、SIerの総コストは1億5,300万円。当初想定の1.5倍。差額は7,600万円まで開く。

単価が高いモデルほど、スケジュールリスクのペナルティが大きい。 これが単価比較だけでは見えない構造的コストである。

なぜ超過するのか — 構造的要因

スケジュール超過は「見積もりが甘かった」「要件が変わった」で片付けられることが多い。しかし、フィールドデータを分析すると、繰り返し現れる構造的パターンがある。

ツールの断片化

1つのプロジェクトで5〜10個のツールが使われている。GitHub、クラウドサービス、Trello、Notion、Google Workspace、Slack、Teams、Chatwork、Airtable、Zoom — これらが有機的に連携していることはまれで、ほとんどの場合、情報はツール間で手動コピーされている。

手動レポート率90〜100%は、すべてのメトリクスが人の手を経由して更新されていることを意味する。そしてそのレポートは週次の会議で報告される。データが発生してから意思決定者に届くまでに、最低でも2つのレイテンシ層(手動更新+会議報告)がある。

ステークホルダーの利害不一致

SIerモデルでは、クライアント・元請け・下請けがそれぞれ異なるインセンティブで動いている。クライアントは「早く完成してほしい」。元請けは「スコープを守りたい」。下請けは「工数を確保したい」。この構造的なずれが、意思決定に1週間〜3ヶ月かかる原因の一つになっている。

見えない依存関係

多重下請け構造では、実際にコードを書く人と意思決定者の間に2〜3層のレイヤーがある。技術的な依存関係や制約が正確に伝わらず、後工程で発覚して手戻りが発生する。これは個人の能力の問題ではなく、情報伝達の構造的な問題である。

重要なのは、これらの要因は独立ではなく、相互に強化し合うということだ。ツールが断片化しているから会議が増え、会議が増えるから意思決定が遅れ、意思決定が遅れるからスケジュールが延び、スケジュールが延びるからさらにツールと会議が増える。

内製が常に正解ではない理由

公平のために言えば、内製にも見過ごせないリスクがある。

採用の難易度。日本の採用市場でシニアエンジニアを2名確保するのに3〜6ヶ月かかることは珍しくない。SIerの本質的な価値は「今すぐ5人揃う」という即時性にある。プロジェクトが終われば契約を終了できる柔軟性もある。

立ち上げ期間。内製チームが生産的になるまでに3〜6ヶ月かかる。その間、人件費は消費されるが成果物は限定的になる。TCO上は初期コストに含まれるが、心理的なプレッシャーは大きい。

内製の「SIer化」。これは最も見落とされがちなリスクだ。内製チームが社内の他部署から「依頼」を受ける形で仕事をするようになると、依頼元と開発チームの利害がずれ、要件調整に会議が増え、報告のためのレポートが発生する。気づけば、SIerと同じ構造 — 「依頼者」と「作業者」の分離、意思決定のレイテンシ、ステータス報告のための会議 — を社内で再現している。単価が下がっただけで、構造的コストはそのままだ。

内製化の成否は「チームを採用できるか」だけでなく、「組織の意思決定構造を変えられるか」にかかっている。

必要なのは3つの計算

SIer vs 内製の意思決定に必要な計算は、単価比較だけではない。

1. TCO(Total Cost of Ownership)— いくらかかるか

初期コスト、人件費、運用コスト、残存価値を含めた総保有コスト。月額単価の比較ではなく、ライフサイクル全体のコストで判断する。NPV(正味現在価値)で割り引けば、異なる期間の選択肢も公平に比較できる。

2. PERT(三点見積)— どれくらいかかるか

「8週間で終わる」という一点見積ではなく、楽観値・最頻値・悲観値の三点から確率的に見積もる。さらに、ツールの断片化やステークホルダーの複雑さといった現実の要因で悲観値を調整すれば、スケジュール超過の確率をあらかじめ計算できる。

3. EVM(アーンドバリューマネジメント)— 今、予定通りか

プロジェクト開始後に「予定通りか」を計測する。計画に対する進捗率(SPI)と予算に対する効率(CPI)を数値化し、このまま進めば最終的にいくらかかるかを予測する。「人を増やせば間に合う」という判断が正しいかどうかも、EVMの数字で検証できる。

これら3つを組み合わせて初めて、「SIerに頼むべきか、内製すべきか」という問いに数字で答えられる。

まとめ

『ソフトウェアファースト』は「なぜ内製すべきか」を教えてくれる。 『エンジニアリング組織開発』は「どう組織を作るか」を教えてくれる。

「いくらで、どれくらいのリスクで」は、計算しないとわからない。

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ソースコード: github.com/lemur47/logic — MIT License

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